もう何年も前に布川事件の学習会を池袋で開いたときのことです。会場予約の都合上、学習会終了の後の懇親会(飲み会)参加者の人数が知りたくて、学習会場で参加希望者に挙手してもらいました。数えたら12人だったので、池袋のいつものお店にケータイで電話をかけ、「いまから12名行くから」と席を取っておいてもらいました。お店に着いて、席に案内され、しばらくすると次から次から料理が20人分出てきます。お店に着いてから、メンバーの誰かが20人分と、頼みなおしたようなのです。それだけでなく、私の隣りに座ったM子さんが私に、
「どうぞどうぞ遠慮なく」
と言ったのです。これは、すでに出ている料理だけでなく、好きなものを遠慮なく頼んでくださいという意味なのですが、
「そう言われたって、次から次からこんなにたくさん料理が出てきて、一人頭いくらになると思うのよ。怖くて頼めませんよ」
と、私はその場で言い返しました。次から次からあれだけの料理を20人前頼んで12人で割って、一人2000円でした。安すぎるんですよ。どこからかお金が出てたんですかね。
その後、M子さんを交えた数人で飲んだときには、M子さんは「遠慮なく」とは言わなかった。私が食べたいものを頼んだら、「なんなの、これ」って言ったんですよ。ということは、どこからかお金が出ているとしても、そのお金はM子さんが持っているわけではないんですね。
この「どうぞどうぞ遠慮なく」は、この布川の学習会だけでなく、土曜の会終了後の飲み会でもあったし、土曜の会では05年6月頃に、土曜文学第二号のことで「締め切りまでまだ四ヶ月ある。100枚でも200枚でも、どうぞどうぞ遠慮なく」と言われたことがあります。やはり私は、
「そんなこと言われたって、お金もないのに、そんなことできるわけないじゃない」
と言い返しました。
「お金って?」
「掲載料ですよ。締め切りまで四ヶ月ということは土曜文学第二号のことでしょう。土曜文学に載せるには掲載料がかかるじゃないですか。
第二号には20枚くらいのもを書こうと思っているけれど、その掲載料だってどう捻出しようかと思っているのに、100枚でも200枚遠慮なくなんて、無茶苦茶言わないでくださいよ」
「……」
「どうぞどうぞ遠慮なく」とは、テキスト容量無制限の、このブログのような場合に使う言葉で、食べたら食べた分、書いたら書いた分の請求が発生するような場合に使う言葉ではありませんよね。それを土曜の会や布川守る会では使っているんですよ。どうしてなのか、私には分かりません。
posted by 真理子 at 20:26| 東京

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日記
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